多磨霊園ガイド / 多磨霊園の歴史・著名人

多磨霊園の歴史

日本初の公園墓地ができるまで

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なぜ新しい墓地が必要だったのか

明治から大正にかけて東京市街地は急激に発展し、それまであった市内の墓地の多くが使用許可済みとなっていました。新しい墓地用地を郊外に確保する必要から計画されたのが多磨霊園です。1923年(大正12年)4月1日に開設され、当初は「多磨墓地」という名称でした。

  • 開設

    1923年4月1日

  • 面積

    約128万㎡

  • 区画

    全26区

  • 改名

    1935年

日本で最初の「公園墓地」

多磨霊園は、公式サイト上で「我が国初めての公園墓地」と紹介されています。墓石が並ぶだけの従来型の墓地ではなく、樹木や園路を配した公園のような環境をめざして計画された点が特徴です。設計にあたっては、ドイツの森林墓地が参考にされたとされています。

「多磨墓地」から「多磨霊園」へ

1935年(昭和10年)、千葉県松戸市にまたがる八柱霊園の開設を機に、名称が「多磨霊園」へと改められました。現在の正式名称は「多磨霊園」であり、「多摩霊園」という表記は誤りです。

現在の規模

公式サイトによれば、開園面積は1,280,237平方メートル(約128ヘクタール)です。公式の園内案内図(公益財団法人東京都公園協会)には「都立8霊園のなかで最も広い面積を有しています」と明記されており、墓域は園路によって1区から26区までの「区」に分けられています。

情報源

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